園長・副園長より

What we would like you to know…

私たちがどのような想い・理想を持って幼稚園を運営しているのか、JIAがどのような幼稚園なのかを皆様によりダイレクトにお伝えしたいと考え、率直な想いを綴りました。まずは、3年間の運営主任職を経て、2021年4月に副園長に就任した加島愛先生からのメッセージです。次に園長から皆様へお伝えしたいことを掲載しました。お読みいただけたら光栄です!

園長 江頭知華子  副園長 加島愛

Messages from Ms. Ai Kashima, Deputy Director

インドに来て4年目を迎えました。インド人にインド人と間違われる程、この地に馴染んでいるようです。(どこからどう見ても純アジア人なのですが!)今回はこれまでの経歴を含め私の思いをほんの少し綴らせていただきます。


<なぜインドに?>
よく「なぜインドに来たのですか?」という質問があります。私は決まって「なぜでしょう・・・不思議ですね・・・」と答えます。本当に明確な理由がなく、ひと言にまとめると『インドの神様が私を呼んだから』というのがまさにしっくりくるのです。だって!JIAに出会う前日までは「インドは結構です。」と聞く耳も持たなかったのですから!それが一転、「インドに面白い幼稚園があります。」の知らせで、「行きます!」となった心境の変化は今でも不思議でなりません。


<これまで>
東京の幼稚園で、15年間、学年主任・担任教諭として子どもたちと過ごしてきました。子どもたちと幾度となく一緒に悪戯を重ね、「あなたのクラスは!」ではなく「あなたは!」とよく言われていたように思います。多忙ながらもとにかく楽しく、保育者としての幸せを感じていました。そんな時に訪れた海外研修のチャンス。オーストラリアの幼稚園での約1ヶ月間の研修、そこでの教育が私のその後の人生を大きく変えることとなりました。「私も海外での教育に携わりたい!」その思いがまさかのインドの道へと続いていたのです。


<日本の幼児教育の素晴らしさ、日本人としての誇り>
私は日本の幼児教育は素晴らしいと思っています。これはインドという地に来たから特に感じるのかもしれません。園によって方針は様々ですが、少なくとも私が勤めてきた園では身の回りのことを丁寧に伝えながら、子どもたちの発想や思いを大切にする保育をしていました。日々・1年ごと・そして3年間の成長は個性豊かで喜びもひとしお、「この子たちにはどんな未来が待っているのだろう!」とワクワクしていたものです。また日本の先生たちの質も高い。いろいろなことに気を配り、一人で30名以上の子どもたちを受け持つのです。その上、ひとりひとりの性格やその日の様子に合わせて言葉を魔法のように変えて話をしていく。当たり前のようですが簡単なことではありません。
そのような温かい環境の中で育つ子どもたちは本当に幸せだと思います。

そして私自身、日本という国をバックグランドに持ったことに感謝をしています。個人差はあれど細やかさ、正確さ、控えめな行動、思いやりの気持ち、他にもたくさん素晴らしいところがあります。(もちろんそればかりではインドでは闘っていけないのですが)そのような環境が身近にあり、これまでの置かれた環境を振り返ると、やはりそれは私たちが育った文化の素晴らしさだと感じるのです。


<子どもたちに願うことは・・・>
しかしふと考えます。
幼稚園に入園してから卒園するまでのたったの3年間。そして大切な3年間。この中で何を伝えていき、どのような私たちの振る舞いが子どもたちの心を大きくさせていくか、ということを。
日本の教育や生活、そこにはたくさんのルールがありそれを身につけていくからこそ『日本人らしさ』が養われるのだと思います。それは生活の各場面でプラスとして作用されますが、時として逆に作用させることもあります。
『みんなと同じでなければ恥ずかしい。』『周りから良いと思われるであろう方を選ぶ。』それが積み重なると『自分らしさ』はどのように培われていくのでしょう。

私は子どもたちに生きる力を持った大人になって欲しい、自分の人生を自分の判断で選択していけるような大人になって欲しいと願っています。小さな風船の中の限られたスペースだけが心地よい空間ではないようにと。


<私が保育で心がけていることは>
私は日頃から心がけていることがあります。「子どもたちの権利を大切にする」ということ。「権利」というととても大層に聞こえますが、生活に密着した中での小さなあれやこれやの判断を委ねる、と言うと適切でしょうか。活動での色の選定から参加するのか否か、年齢が大きくなりそこに意見の違いが出た場合には話し合いの場を設けることもあります。もちろんその際の必要なマナーは伝えますが、基本的には子どもたちに任せることを前提としています。時に上手く行かないこともあるでしょう。そこで簡単に諦めるのか、突き進むのか、はたまた納得がいくところに落ち着かせるのか、ということもまずは子どもたちの心の動きにお任せすることにしています。もちろんそのままにはしません。一人ひとりの成長と願いがありますから!


<私にとってのJIAとは>
そのような中で出会ったJIAと園長の教育方針はまさに私にぴったりでした。今振り返ると運命的な出会いというのでしょうか。温かく、守られた自由が溢れている、そんな第一印象でした。
日本のように運動会や遠足など大きな行事はJIAにはありません。しかし季節に因んだアクティビティやインドだからこそ経験できる生活に密着したアクティビティをたくさん取り入れています。(だって!ここはインドですもの!普段できないようなことを存分に楽しまなくては!)
そこで繰り広げられる子どもたちの会話はどれ程豊かなことでしょう。毎日クスッとしてしまう、かわいくて愉快で面白いことで溢れています。もしかしたら「今日も楽しかった~!」と1番感じているのは私かもしれませんね。


<私と園長、そして>
さてインドの私とニューヨークの園長。距離も時差も大き過ぎるように感じますが、「ちょっと今日JIAには行けないの!」というくらいの距離感で不思議と同じ空間にいるように感じています。日本人の心を大切にしながらも、仕事に対するアメリカンな考え方を持つ園長には、これまでも今でもたくさんの自由と自信を与えてもらいました。
園長は私が子どもたちに心がけていることと同じように、いろいろな『権利』を与えてくれます。小さなことから大きなことまで!もちろん全てが上手くいくわけではありません。「他のやり方を採用するべきだったかな。」と思うこともよくあります。しかし大怪我をしない絶妙なタイミングで助けが届くのです。怪我をした時には応急処置用の絆創膏が、転びそうになった時には痛みを軽減できるような厚めのブランケットが、といった具合に。
この関係がどのように成り立っているのかは私も不思議ではありますが、JIAの隠れた強みだと私は思っています。

そしてJIAには更に強力なスーパーウーマンたちがいます。そう、明るくて才能豊かなお母さんたちです。縁の下の力持ち。いつも大きな旗を振って応援してくれています。JIAの温かくアットホームな雰囲気はお母様方が作り出していると言っても過言ではありません。毎日お会いする度にチャーミングな笑顔で「せんせ~い!」と声をかけてくれるお母様方とお話しするのも、私の大きなパワーの源になっているのです。


<これから>
各国で子育てをした園長が生み出したユニークな幼稚園。しかもインドという土地で!先生たちはインド人、子どもたちは日本人。そしてまさかの園長はニューヨークに。ここから生み出されるものが愉快でない訳がありません。
今後も私たちだからこそ取り組んでいける独自のカリキュラムを大切に、子どもたちの成長に喜びを感じていける毎日を作っていきたいと思います。10年後でも20年後でもいいのです。人生を振り返った時に、思い出してもらえるような園作りをしていきたいと思っています。「何か楽しかったよね!」と。この「何か!」がポイントです。「これ!」ではなく「なんか!」です。いつか大きくなった時に「インドにまだJIAがあるのかな・・・」と訪ねたくなる、そんな園でありたいと思っています。


最後に。

インドの父Mahatma Gandhiの言葉にこのような言葉があります。
『あなたがこの世で見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい。』

これから子どもたちが、どんなに小さなことでも情熱を持って生きていくことができるよう願っています。そして私自身も、JIAのこれからも。

子どもたちからは微かに見えるところから見守り、子どもたちにその時にできる選択やその日の人生を任せてみませんか?大丈夫です。助けが必要な時は大人が全力で駆けつければ必ず間に合いますから!子どもたち、保護者の皆様と豊かな毎日を作っていけますように!


長くなりましたが、副園長として歩み出すこの良き日に。
インドという地ですでに出会っている保護者の皆様、またこれから出会うであろう皆様へ。


副園長 加島愛

Messages from Ms. Chikako Egashira, Director


JIAの立ち上げと運営、大切にしていること


幼児教育分野でキャリアを積んだわけではない私がなぜ幼稚園の立ち上げに至ったのか。それは要所要所で特別な人たちと出会い、アイデアが生まれ、周りにいてくれた人たちのお陰でアイデアをどんどん具体化していくことができたからです。たくさんの人から支援・応援の声をいただき、チームワークがあってこそJIAを設立、運営することができています。少し長くなりますが、どのような経緯があり、どのような思いを持ってJIAを開園するに至ったか、そして運営しているのか、少し詳しくお話したいと思います。個人的なエピソードではありますが、ご興味のある方は是非読みください。

<イギリスで>

初めての幼稚園との出会いは、ロンドン郊外のアスコットという街で当時2歳半だった長男が通い始めた小さなナーサリースクールでした。息子は分離不安が強く、やや育てにくい子だと感じていたので、幼稚園生活のスタートはもう少し後の方が良かったのかもしれませんが、とにかく友達を作りたくて通い始めたスクールでした。ですが、息子が幼稚園のドアのところで激しく泣きじゃくり、落ち着く様子を一向に見せなかったことから、園側からの提案でしばらくの間は私が同伴して園生活を送ることになりました。生後3ヶ月ほどだった娘を抱えての親子通園は大変でしたが、いつしかそれが私たちの日課となり、何とその後4ヶ月も続いてしまいました。毎日のように「赤ちゃんを見せて」と集まってくるイギリス人の子どもたちは可愛らしかったし、外での遊びの時間に先生たちと一緒になって子どもたちを見ているのは楽しかったです。スナックタイムには、子どもたちのスナックの準備を手伝い、配りおえたらみんなでテーブルにつき、子どもたちが食べている間に、先生たちと一緒に座って紅茶をいただくのが楽しいひと時でした。入園したのが8月の終わりで、それ以来、一緒に秋のネイチャーウォークを楽しんだり、ハロウィンやディワリもお祝いしました。クリスマスはイギリスらしく伝統のクリスマスページェントを行うのですが、2歳から5歳のかなり幼い子どもたちでもちゃんと劇になっていくのが感動的でした。クリスマス明けの登園日、一人の先生の提案で「そろそろ…」と、息子を送り出すその時がきました。「お母さんが不安がっていてはだめ。それが子どもに伝わってしまっていたのよ!」と言われたことが忘れられません。そして、イギリス人のかなり年配の先生が「クラスで使えるような日本語の言葉リストを作って持ってきてください。今後は私たちが日本語を少しでも理解したら、息子さんも安心できるでしょう!」と言ってもらったことが心に染みました。臨機応変な対応にベテラン先生の温かみと重みのある言葉、全てが励みになり、神経質だった私がもっと周りを信頼して前向きになれたような気がしました。

<アメリカで>

アメリカに戻ることになったのは、母子共にいい友達ができて、イギリス生活が楽しくなった矢先でした。また新しい環境でやり直すのは気が重かったのですが、ちょうど夏だったので、幼稚園生活を始める前に複数の幼稚園のサマースクールや親子教室に参加することができ、いい慣らし期間・トライアル期間を持つことができました。秋の新学期からは、長男も長女も近所のプレスクールに通いながら、自宅からは少し離れた場所にある日米バイリンガル幼稚園にも通いました。(日本の年少・年中に相当するアメリカのプレスクールは、週に2回、3回など登園日を選べるところがあり、特殊なケースだとは思いますが幼稚園を掛け持ちすることも可能です。年長に相当するキンダーガーテンではそれはできません。)近所のプレスクールは教会に併設された幼稚園で、保護者全員が年に3回クラスアシスタントのお手伝いをすることが義務付けられており、ここでも活動の様子をしっかり見ることができたのは大きな糧でした。アメリカらしいイベントも楽しく、園長先生も朗らかでユーモアのある素敵な方でした。日英バイリンガル幼稚園の方は、国際社会で羽ばたく大人になれるようにと、異文化理解に力を入れたカリキュラムで、ピアノ、バイオリン、バレエやニューヨークならではのブロードウェイミュージカルレッスンなどの一流の講師陣を揃えた課外クラスも素晴らしく、充実した幼稚園生活を送ることができました。振り返ってみると、幼児の母親として一番楽しかった時期かもしれません。また、ここの園長先生はとても尊敬できる方で、JIAを設立する際もいろいろお話を聞かせていただき、多くのことを学ばせていただきました。

<インド>

子供の幼稚園生活が充実していると母親も気分も上がりますし、母親がHappyな状態だと子どもたちもどんどん心が安定して強くなっていく、そんな相乗効果を感じていた頃、またもや引越しをすることになりました。長男の卒園を間近に控えた時期にインドに移り、国をまたぐ転園は3度目になってしまいました。これまでの国に比べて一段と勝手がわからないインドでは、安心と信頼の面で間違いがない日本の幼稚園を選びました。完全な日本式幼稚園は初めてでしたし、このような手厚いケアは他にはありませんでした。インド生活の先輩である他の保護者の方々も本当に親切で、何かと不便が多いインドでは保護者同士が密に繋がりあっていられることの有り難さを強く感じました。アメリカの幼稚園のサバサバとして気楽な雰囲気の良さとはまた別の良さを味わえたことは貴重な経験でした。
ただ、よくも悪くもそこは「日本」でした。外国にいながらインドの人を「外国人」にしてしまう日本的な考え方が時々窮屈になることもありました。時折、クラスメートの小さな子どもたちの口からも「インド人は…なんだよ」というような話が出ることもあり、大人のような口ぶりに笑えることもありましたが、まだ判断力のない子どもの口からややネガティブな発言があると、寂しく思うことがありました。我が子のルーツの半分がインドにあることから、特に気にかかったのかもしれません。「幼稚園でこんなこと言われた(ネガティブな内容)」と話してくれる長男は、日本人とインド人のハーフであるうえ、これまで人種も宗教も違う人たちに囲まれて過ごした経験から「自分は他とは違う」「みんな違って当たり前」が定着していました。ですから、どうして違いを取り立ててわざわざ冷やかしのネタにするのか、傷付くよりはむしろ疑問に思うことが多かったようです。
そういうことが何度かあり、子どもたちの無邪気ではあっても排他的な発言を、ポジティブな「気付き」の発言に変えてあげられるような環境を作っていかないといけないのでは、という気持ちが強くなりました。それに加えて、イギリスやアメリカの幼稚園で見てきたような独特の楽しい雰囲気が融合されればどんなにいいだろうと漠然と考えるようになっていました。そのようなところへ、運命的な出会いや面白いきっかけが重なり、動き出したのがJIAの立ち上げチームでした。

このように、Japan International Academyは、我が子たちと一緒に少しユニークな幼稚園生活を経験してきた私が、母親の視点で、そして国際的な環境で生活してきた大人の視点で、今の子どもたちに何をしてあげたいか、何を伝えたいかということを考えてスタートした幼稚園です。JIA開園時に年長になった娘も、幼稚園生活最後の年をJIAで過ごすことができ、我が子の成長を片時も離れず見届けるという恵まれた体験をしました。皆さんがそのような経験をすることはできませんし、だからこそ、子どもたちの幼稚園での成長の様子は保護者の皆さんにしっかりお伝えしていきたいと思っています。

さて、JIAチームです。まず、開園前の立ち上げ準備と開園初年度を一緒に過ごした百合子先生。物怖じしない強い性格と非常に高い段取り力で、いろいろなプロジェクトを牽引してくれ、とても頼りになる存在でした。フットワークも圧倒的に軽く、私の方が後からついて行くことが多かったような気がします。とんでもないトラブルを一緒に乗り越えてくれた彼女には感謝の気持ちでいっぱいです。開園二年目からは、今やJIAの顔として、園児や保護者の方々から絶大な信頼を寄せられている愛先生の活躍です。幼児教育のベテランである愛先生は、JIAの保育を確立し、さらに質を向上させるためにカリキュラムや人材養成の両面から尽力してくれています。お人柄、遊び心やユーモアのセンスは抜群で、一緒に仕事をすることが楽しくて仕方ありません。JIAでは他の幼稚園にはないユニークな活動やイベントが数多くありますが、保育理念がぶれることのないようにしながらも、柔軟にどんどん面白いことを考えるのが好きな愛先生の力があってこそだと思います。

現地の愛先生とニューヨークにいる私を支えてくれる職員もJIAならではの顔ぶれです。一昨年のダニエル先生に続き、昨年からはディシャ先生が全体の潤滑油のような存在で頑張ってくれています。おかげで、インド人の先生たちともすごくいい関係が築けていますし、コロナ禍の難しい一年をなんとか乗り越えられたのはチームワークの賜物です。今後も、現地の愛先生とディシャ先生、インド人の先生たちとのチームワーク大切にし、新しい挑戦を恐れず、面白い幼稚園であり続けたいと思っています。
長くなりましたが、こうしてJIAが出来上がり、みんなで日々、楽しむことを忘れないようにしながら努力を重ねています。クラス活動が出来上がるまでの先生たちの努力、インド人の先生にどうしてもわかってもらいたい日本独特の事情を説明する愛先生の苦労、意外なきっかけから生まれたイベント、日本語を陰で勉強し始めた先生・・・すべては子どもたちのために!なのですが、職員室は皆様にいつかご紹介したいような面白いストーリーが溢れています。いつか機会があればお話させてください。


園長 江頭知華子